書き物

ZINEについて、あるいは永続性の夢

なぜ私たちはZINEを作るのか。デジタルで何でも残せる時代に、わざわざ印刷して手渡す意味はなにか。そして「21世紀続くサイト」とはどういうことか。

著者 佐藤 あかり

ZINEを作ったことがある人なら、あの感覚を知っているはずだ。コピー機の前に立って、紙を折って、ホチキスで留める瞬間の、ちょっとした緊張感。これがモノになる、という実感。

私がはじめてZINEを作ったのは大学一年生のときで、部数は20部だった。内容は自分の書いた短編小説が一本と、友人が書いたエッセイが一本。表紙は写真をコピーしたもので、今見ると素朴というかお世辞にも格好いいとは言えないが、あのときはとても誇らしかった。

なぜ印刷するのか

SNSがあり、ブログがあり、Substack があり、note がある。文章を公開するためのプラットフォームは山ほどある。それでもZINEを作る人がいて、私もその一人だった。

理由を考えてみると、いくつかある。

物理的な存在感。 データは消える。サービスは終わる。でも紙は残る。少なくとも、誰かが捨てるまでは。

配布の能動性。 インターネットに公開するのとは違って、ZINEは手渡しが基本だ。誰かの手に、直接、渡す。その行為自体に意味がある。

完結性。 一冊のZINEは、それ自体で完結している。タイムラインに流れていかない。アルゴリズムに支配されない。

デジタルで残すということ

それでも、このサイトはウェブサイトだ。

矛盾しているように見えるかもしれないが、私はそう思っていない。ZINEの精神とデジタルアーカイブは、共存できる。重要なのは、どういう姿勢でそこに向き合うか、だと思う。

このサイトのコンセプトは「21世紀続く」というものだ。冗談のようで、冗談ではない。静的サイトは、維持費がかからない。JavaScriptに頼りすぎない設計は、ブラウザが変わっても動く可能性が高い。シンプルなHTMLは、10年後も20年後も読める。

Webという媒体の儚さについては、皆が知っている。リンクは死ぬ。サービスは終わる。でも、シンプルに作られたHTMLは、驚くほど長く生き残る。1990年代のサイトでさえ、今も読めるものがある。

アーカイブとしてのZINE

生きる会が作るのは、アーカイブだ。

私たちの文章、私たちの記録、私たちが集まった証。それをどこかに残しておきたい。紙のZINEは20部しか作れなかったが、ウェブなら、見たい人が見られる。

完璧ではない。でも、試みる価値がある。


だから、書く。書いて、残す。それが、ZINEを作ることと、ウェブサイトを作ることの、根っこにある同じ衝動だと、私は思っている。

佐藤 あかり